NAGASAKI ATOMIC BOMB MUSEUM MEMORIAL DATABASE
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原爆資料館
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古野丈夫氏による農産物調査―米
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資料名 | 古野丈夫氏による農産物調査―米 |
| 資料番号 | 6-42-04-00-0011 |
| 寄贈年月日 | |
| 寄贈者名 |
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| 撮影者名 |
米国国立公文書館所蔵 |
| 資料説明 | 農業技師で、長崎県農務課長(被爆当時)だった古野丈夫氏は爆心地から約300mにあった自宅が被災し、妻と子を失った。古野氏は農産物の生育状況を調べるために、個人で試験農場を作っていた。
爆心地から約300mの場所にあった浜口町の自宅付近以外に、600m、800mの位置に試験農場を作り、被爆直後から県庁退職後も長崎県農業技術協会長として6年にわたり農産物の生育状況を調べていた。通称「古野農場」と呼ばれたが、その記録は米軍からの結果公表の差止めなどがあり、ほとんど残っていない。
爆心地から300mの区画で育てた稲は通常より早く育ったが、米はまったく実らなかった。それ以外の2区画(600m、800m)では通常の10%ほどしか米が実らなかった。
写真の左手に持っているのが爆心地から約300mで収穫した稲。右手に持っているのが他の区画で収穫した稲。
生育異常が起きている。
右奥の山は岩屋山。
爆心地からの方向・距離:不詳 撮影時期:1947(昭和22)年10月21日 2015(平成27)年米国国立公文書館収集
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